早世した《史上最強牝馬》テスコガビーは、じつは生きていた? 未来の血統書を手にした実業家・丸瀬が、独自の配合理論でサラブレッド生産に挑む。競馬雑誌「駿駒」の掲載記事で振り返る、丸瀬ファーム三〇年の軌跡。
あらすじ
一九七〇年代、石油卸の若き二代目・丸瀬武流は北海道静内で青毛の牝馬アビーテスカに出会う。競走に向かないこの馬を礎に、丸瀬は三〇年をかけて一つの牝系を編み上げていく。二〇〇八年の天皇賞・秋、その血を引く馬が府中の直線に立つとき、血の因果が降りかかる。追悼文、回顧録、コラムと体裁を変えながら、実在の競走馬の歴史と虚構が絡み合う。
初出
ねじれ双角錐群『Fafrotskies』(2024年)
年表
紙面でも横書きで組まれている付録。
1971年 アビーテスカ誕生。武石総業、メキシコから石油の買付けを開始。丸瀬武流25歳の年。
1972年 テスコガビー誕生。
1973年 第一次オイルショック。
1975年 丸瀬ファーム設立。
1976年 テスコガビーが青森にて急死。アビーテスカが繁殖牝馬登録を受ける。丸瀬、藤正牧場場長にソシアルバターフライの米国帰郷を提案する。
1977年 アビーテスカが米国ランゴレンファームへ渡り、フロリダ州でMr. Prospectorを種付けする。
1978年 アビーテスカの初年度産駒:バタフライアビー誕生。ソシアルバターフライの最後の仔:Little Gold Maker誕生。
1980年 ソシアルバターフライ死去。バタフライアビー来日。
1982年 メキシコが財政破綻し、丸瀬が馬産業に注力しはじめる。
1983年 ミスターシービーがクラシック3冠達成。Little Gold Makerが米国で種牡馬入り。
1985年 米国にてアビーテスカの仔:ゴルトアビー誕生。
1986年 バタフライアビーの仔:ウルフアビー誕生。丸瀬40歳。
1988年 ランゴレンファーム売却。アビーテスカが16歳で帰国する。
1989年 ウルフアビーがオークスとエリザベス女王杯を制覇。
1991年 丸瀬、米国から幼駒フロラメロを購入。ウルフアビー引退。
1994年 ナリタブライアンがクラシック三冠達成。
1995年 フロラメロ引退・種牡馬入り。
1998年 ナリタブライアン死去。
1999年 ウルフアビーの仔:ブライトンロック誕生。
2001年 ゴルトアビーの仔:フロラテスカ誕生。
2002年 ブライトンロックが皐月賞を制覇するも、ダービーでタニノギムレットに敗れる。
2003年 ブライトンロック引退・種牡馬入り。この年の阪神3歳牝馬Sに勝利したフロラテスカが右後脚不調のため引退・繁殖入り。
2005年 フロラテスカの仔:テスカトリポカ誕生。アビーテスカが33歳で死去。丸瀬59歳の年。
2008年 テスカトリポカが桜花賞・オークスを制覇。天皇賞・秋へ出走する。その翌週、丸瀬武流62歳にて死去。