音楽を聴いていて興奮することがある。音楽は音を時間軸上に配置したものだが、ヒトという生物を興奮させやすい音の配置のパターンがあるように思う。これについて体系的に論じる能力がぼくにはないので、ぼくが興奮する音楽のパターンを… 続きを読む ヒトを興奮させる音楽
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神の視点
人の意思が介在しない完璧に無個性な語り、いわゆる神の視点による三人称の語りを実現するにはどうすれば良いか。 単に三人称で、語り手の独白などを廃し、進展する事象のみを淡々と語ってみても、それは神の視点による語りにはならな… 続きを読む 神の視点
野崎まど『2』
読みました。面白かったです。 読むときはちゃんと[映]アムリタ (メディアワークス文庫)、舞面真面とお面の女 (メディアワークス文庫)、死なない生徒殺人事件―識別組子とさまよえる不死 (メディアワークス文庫)、小説家の作… 続きを読む 野崎まど『2』
劇場版 魔法少女まどかマギカ [新編] 叛逆の物語
『劇場版 魔法少女まどかマギカ [新編] 叛逆の物語』を観たので、その感想をまとめておきます。 テレビシリーズのこと テレビシリーズの最後で概念化した鹿目まどかについて、当時ぼくが考えたことは以下のようなことでした。 鹿… 続きを読む 劇場版 魔法少女まどかマギカ [新編] 叛逆の物語
神林長平『言壺』
『言壺』について個人的に考えていることをまとめておきます. 言葉と精神 『言壺』にみられる「言語」に対する執拗なこだわりは,人間の精神と言語とが切っても切り離せないという点に端を発しています.以下に本文を引用しながら参照… 続きを読む 神林長平『言壺』
暁美ほむらの孤独について
暁美ほむらの孤独 『魔法少女まどか☆マギカ』(以下『まどマギ』)の結末を見届けてテレビの電源を消したとき、わたしたちはある疑問に直面する。「結局、主人公は誰だったのだろう?」という疑問だ。鹿目まどかを主人公として観はじめ… 続きを読む 暁美ほむらの孤独について
舞城王太郎あるいは小説のための小説のための小説家
だいぶ前に書いた文章をサルベージしたので掲載します。 序 ゼロ年代を代表する作家として知られる覆面作家・舞城王太郎。小説のために小説を書く作家というものがあるのだとすれば、彼は現在、その中で最も意識的な書き手のうちの一人… 続きを読む 舞城王太郎あるいは小説のための小説のための小説家
ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
碇シンジはどこへ行くのか? 最近新装された「走れメロス・おしゃれ童子 ヤング・スタンダード (集英社文庫)」の表紙のメロスはちょっといくらなんでも走り過ぎだよなあとか思っていたんだけど、なんてことはない、本作でシトを受け… 続きを読む ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破
Vocaloidのこと
以前「音楽と歌詞の関係」で書いたとおり、歌詞は音楽に付随するものだとぼくは思っている。人声を楽器と捉えれば、歌詞が意味することがらは音楽と直接は関係しない。言葉とは人間の頭にある概念と結びつくべきもので、それは聴覚によっ… 続きを読む Vocaloidのこと
円城塔あるいは構造を描き出すための小説機関
物語に基づかない小説は、具象に基づかない絵画と立ち位置がよく似ている。前回のエントリを書きながら、ふとこんなことを思った。ここで言う「具象に基づかない絵画」とはカンディンスキーの描く抽象絵画のことを指していて、「物語に基… 続きを読む 円城塔あるいは構造を描き出すための小説機関